自由に生きたければ、酒から開放されよ!

どうも、メケです。

酒やめて1749日目。4年と10ヶ月。

 

酒をやめようとしている人たちを長いこと見てきた。

色んな人がいた。

 

そして一番の感想は「なんと断酒は難しいのだろうか」ということである。

ほとんどの人は途中で「飲む」。

 

飲んで中断する。

でもほとんどの人は断酒を再開する。

 

つまりは一度も途中で飲むことなく「ずっと何年も断酒すること」は相当難しいということなのだ。

酒やめ始めてから、5年10年と一度も飲んでない人はかなり少ないはずである。

 

私も例外ではない。何度途中で飲んだことか。

そしておそらくこの先も絶対飲まないとは言えない。

 

私も断続的な継続のその一人なのである。

 

安心してほしい。

途中で飲んだとしても私のように「今飲んでない人」はたくさんいる。

そして、シラフで自分のやりたいように楽しくいきている人は「今」もたくさんいるのである。

 

今飲んでなきゃぁ、それでいいんじゃないだろうか。

 

逆に飲んだからってそんなに凹むこともないし、凹むと逆にドツボにはまってしまうぞ。

それよかは、「ごめんちゃい」ぐらいで、さっさと立ち上がってしまったほうが気分も上向くし、そのほうが健全的。

 

ドツボにはまることを恐れないといけない。

1日や2日飲んだぐらいで身体は元の酒飲み時代のように戻ったりはしない。

 

メンタルが酒で病んでしまうことを恐れないといけない。

酒がメンタルをもっていき、そのことでドツボにはまっていくのだ。

 

だから、やっちまったなら「ごめんちゃい」ぐらいでさっさと立ち上がろうではないか。

また以前のような自由で充実した日常がほしいのであれば、、、またその気になれば、、、また立ち上がろうではないか。

 

ほとんどの人は途中で飲んでるし、やっちまっている。

なんとか抜け出せてる人たちが今飲んでないだけだ。

 

酒なんかさっさとやめちまって、自分の好きなこと、やりたいことをやって生活を充実させていこうではないか。

 

そのほうが楽しいぞ。

 

断酒に何を求めている。

断酒単体に答えなんかないぞ(酒にも答えはないのだが・・・)。

 

今日という一日を自分の自由に生きたいだけなんだ。

そのために酒がジャマなだけなんだ。

 

自分がどうしたいか、だ。

きっとそこに酒の入る余地なんかない。

 

自由に生きたければ、酒から開放されよ! である。

 

いつも読んでくださってありがとうございます。

また明日もよろしくお願いいたします。

 

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